西洋絵画の基礎知識11 西洋近代絵画「写実主義」

西洋絵画の基礎知識11 西洋近代絵画「写実主義」

西洋近代絵画の写実主義の基礎知識がわかりやすい。大人として知っておきたい教養、名画・西洋絵画の基礎知識。

西洋近代絵画「写実主義・ラファエル前派」 概要

ロマン主義により西洋絵画は同時代の現実を題材として描くようになりました。
この同時代性がさらに深まり、現実を美化せずありのまま、まるで社会派ドキュメンタリーのように描かれたのが写実主義で、1850年頃からフランスを中心に活動しました。
同じころイギリスは、世界中に植民地を持つ巨大な帝国となり世界の警察と君臨した「パクス・ブリタニカ」時代を迎えます。イギリスの若き画家たちは、アカデミーが規範としてきたルネサンスの巨匠ラファエロではなくラファエロより前、ルネサンス以前または初期ルネサンスを理想の芸術とするラファエロ前派が活動します。聖書や神話、文学などのほか、同時代の現実もテーマに現実をありのままに描きました。

西洋絵画史 近代の年表
1800年頃〜ロマン主義
新古典主義
写実主義
ラファエル前派
象徴主義
印象主義
新印象主義
ポスト印象主義
1900年頃〜キュビスム
フォーヴィスム
抽象主義
表現主義
ダダイスム
シュルレアリスム
コンセプチュアル・アート抽象表現主義

写実主義

1850年頃のフランスを中心に、同時代の現実を美化せずありのままに描いたのが写実主義です。ロマン主義にあるような画家の内面性や主観は排除され、見たままの風景や農民の暮らしを描きました。
1848年にはカール・マルクスが『共産党宣言』を著し、フランスにも共産主義者が現れた時代。
1830年の七月革命により復活していた王政(オルレアン朝)を打倒した1848年の二月革命により、フランスには民衆の時代が訪れてた。この二月革命は、ブルジョワジーが主体であったフランス革命(1789年)や七月革命とは異なり、労働者階級であるプロレタリアート革命であったため、国民たちが主体となる共和制が成立した。
絵画の世界でも王侯貴族や神話の人物ではなく労働者や農民などが題材として選ばれ、彼らの暮らしを見たまま写実的に描いた

バルビゾン派

写実主義の中でも有名な一派が、1830年頃から1870年頃にフランスで活動した「バルビゾン派」。
産業革命により近代化されてゆく社会のなかで、農村の風景と農民の暮らしに憧れた都会の芸術家たちは、パリ郊外、フォンテーヌブローの森近くのバルビゾン村に移住し、思うままに芸術活動をおこないました。
それまでの風景画は現実よりも構図を優先して描かれていましたが、バルビゾン派の画方たちは現実の自然をありのままに描く風景画を描き、後の印象派に大きな影響を与えました。
代表者はミレー、コロー、ルソー。

ギュスターヴ・クールベ

ギュスターヴ・クールベ 1819年〜1877年 パリ 写実主義

写実主義の代表者で、史上初めて個展を開いた19世紀フランスの画家。
聖人や王侯貴族など高貴な人を理想化して描くという当時の常識に反し、一般庶民を高貴な人と同じように描き、写実主義の嚆矢となった絵画『オルナンの埋葬』は、当時の権威あるサロンから酷評されました。
しかしクールベは自身の写実主義を貫き、1855年のパリ万博に『画家のアトリエ』を含む3作が落選したことに抗議し、パリ万博会場の前で個展を開きました。晩年には政治活動で投獄され、後にスイスに亡命しフランスを離れる。
クールベは己の理想とする絵画を追求し、権威と戦い続けました。
クールベはバルビゾン派ではありませんが、バルビゾン派の画家との交流もありました。

写実主義 クールベ『オルナンの埋葬』1849年 315×668cm、オルセー美術館
酷評されながらも現代フランス絵画原点となった写実主義の代表作。
クールベの故郷であるオルナンでクールベの親族が埋葬された場面を写実的に描いた。
新古典主義の『皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式』のような壮大な歴史画のようでありながら、ありきたりな田舎の葬儀を描いただけであることに多くの批判があった。
写実主義 クールベ『画家のアトリエ』1855年 油彩 359×598cm オルセー美術館
サブタイトルは『私の芸術的生活の7年を定義する現実的寓意』。
真ん中の画家がクールベ本人で、描いているのは故郷オルナンの風景。
描かれている人物はクールベの芸術的人生に影響を与えたものの寓意。
写実主義 クールベ『罠にかかった狐』1860年 油彩 81.5×100.5cm
後年から晩年のクールベは、風景画や自然の中の動物画、裸婦像を多く描いた。
本作はそのうち日本の国立西洋美術館に所蔵されている作品。
ちなみに国立西洋美術館にはほかにもクールベの風景画や裸婦像が所蔵されている。

ジャン=フランソワ・ミレー

ジャン=フランソワ・ミレー 1814年〜1875年 フランス 写実主義(バルビゾン派)

バルビゾン派の代表的な画家のひとりで、代表作『落穂拾い』はあまりにも有名。
農民画家と呼ばれたとおり、貧しいながらも気高く生きる農民の生活を描いた。
ミレーの作品は静謐さに溢れ、とくにプロテスタントに好まれる作風であった。

写実主義 バルビゾン派 ジャン=フランソワ・ミレー『落穂拾い』1857年 油彩 83.5×111cm オルセー美術館
ミレーの代表作であり、バルビゾン派絵画の代表作。
バルビゾン派が活動したバルビゾン村に隣接するフォンテーヌブローの森のはずれにある農場にて、麦を刈り入れ後に落ちた麦の穂を拾う下層農民を描く。
畑を持たない下層農民が収穫する麦は彼らのものにはならず、畑の持ち主のものとなる。しかし、刈り入れ後に残された落ち穂は拾った者が取得できるという風習があった。
背景に描かれるのは地主であろう馬に乗った人物と、高く積まれた麦。
貧しい3人の農民と豊かな地主が対比されているが、農民たちに悲壮感はなく、崇高で気高く見えるように気を配り描いた。
ちなみに、落穂拾いの風習は『旧約聖書』のレビ記により、同じく『旧約聖書』のルツ記には落穂拾いをして生計をたてる女性もえがかれている。
写実主義 バルビゾン派 ジャン=フランソワ・ミレー『晩鐘』1857年-1859年 油彩 55.5×66cm オルセー美術館
ミレーのもうひとつの代表作で、キリスト教的主題が込められた作品。
カトリックの家に生まれ育ったミレーであるが、本作『晩鐘』にはキリスト教的なシンボルが描かれていない。
この作品の発注者がプロテストンであったためであると思われるが、本作は北米や日本のプロテスタントに大人気となりプロテスタント的絵画の代表のような絵画となった(発注者はこの『晩鐘』を受け取りに来なかったため売却された)。
平原で農作業をする農民夫婦が、夜の訪れを告げる「晩鐘」を聞き祈りを捧げる姿を描く。
これはミレーが子ども時代、ミレーの祖母がとっていた行動をもとにしている。
写実主義 バルビゾン派 ジャン=フランソワ・ミレー『種蒔く人』1850年 油彩 101.6×82.6cm ボストン美術館
ミレーの代表作のひとつ。
麦の種を蒔く農民を描く。「種を蒔く」という行為は、キリスト教では「マタイによる福音書」にあるキリストの例え話にあり、種は神の言葉をあらわす。
本作『種蒔く人』は同じ構図でもう1作品描かれており、山梨県立美術館に所蔵されている。
種蒔く人』はゴッホも多く描いたこと知られる。

カミーユ・コロー

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 1796年〜1875年 フランス 写実主義(バルビゾン派)

『真珠の女』が有名だが、農村の風景を描き続けたバルビゾン派の風景画家で、写実主義に風景画を確立させた。
春夏はヨーロッパ各地を旅してスケッチをおこない、冬にはアトリエにこもって作品を仕上げる制作活動を続けた。

写実主義 バルビゾン派 カミーユ・コロー『モルトフォンテーヌの思い出』1864年 油彩 65×89cm ルーブル美術館
コローの代表作であり、コロー風景画の特徴である銀灰色の色合いをもつ作品。
写実主義 バルビゾン派 カミーユ・コロー『真珠の女』1868年-1870年頃 油彩 70×55cm ルーブル美術館
風景画家コローは風景画よりもこの作品『真珠の女』のほうが有名。
「真珠の女」という題名でも額にかかるのは真珠ではない。

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