「棺桶とミミズクのいる風景」解説。特集:カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ
ドイツロマン派の画家カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの代表作品『棺桶とミミズクのいる風景』を関連する作品を交えながら解説。画像有り。
棺桶とミミズクのいる風景
1835年6月26日。カスパーは脳卒中の発作に見舞われ、手足が不自由になった。はじめ寝たきりであったが、8月にはテブリッツに湯治へ出かけられるようになった。
カスパーは病後しばらくしてから素描を再開するが、手に支えが必要な油彩を描くことは困難になる。発作前に着手していた作品は何とか仕上げた。彼の最後の作品は、発作後に着手した<月影の海辺>(BS453)。
発作後は主にセピア画や水彩画を描き、フクロウや墓、巨人塚など、死のモチーフがたびたび現れる。ドレスデン・アカデミー展への出品作品は、1836年にセピア画7点。1837年には、セピア画3点。1838年セピア画7点。1839年には出品していない。
本作「棺桶とミミズクのいる風景」はそれらの中でも、死に直結したイメージを持つ作品の一つ。
リューゲン島の海岸に掘られた真新しい墓穴の傍らに置かれた棺が、最期の儀式を待っている。棺桶の手前には、脇侍のように二本のアザミが咲き、空には大きな満月が浮かぶ。柩の上には彼岸からの使者とされる巨大なワシミミズクがとまる。
自分の死をはっきりと意識した画家の想いが伝わってくる。
1840年5月7日、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒは他界する。
弟子や友人、家族たちは彼に追悼の歌をささげ、5月10日、ドレスデンの三位一体墓地に埋葬された。
弔辞は弟子のローベルト・クマー。
享年66歳。
約50年間の画家人生であった。
亡くなる一年前に描かれた肖像画
キューゲルゲンの弟子、カロリーネ・バルドゥアがカスパー・ダーヴィト・フリードリヒを描いた肖像画。
かたわらのパレットは手付かずで、椅子に腰掛けたカスパーの目は、何かを決意したかのような、強い光が灯っている。窓の外はエルベ河。
(本来はカラーの油彩画)