東大寺法華堂(とうだいじほっけどう)
分類 | 国宝 |
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ジャンル | 建造物 |
時代 | 奈良時代 ・正堂は天平19年(747年)頃 ・礼堂は正治元年(1199年)頃 |
構造・形式等 | 正面五間、側面八間、前部入母屋造、後部寄棟造、本瓦葺 |
国宝指定年月日 | 1951年06月09日 |
所有者 | 東大寺 |
奥行(側面)8間のうち、現在は奥の正堂4間を拝観エリアとし、礼堂側の4間を受付等のエリアとしている。
異なる時代の異なる建築様式が融合された美しい姿が特徴。
平安時代末期の南都焼き討ちにより大仏殿は被害を受けたが、法華堂は難を逃れたとみられる。
東大寺に現存する最古の建物。
金鐘寺の伽藍の一部であったお堂を、東大寺が吸収したとみられる。
当初「羂索堂(けんさくどう)」と呼ばれていたらしいことから、不空羂索観音立像は当初から本尊として安置されていたと考えることができる。
毎年三月に法華会が開かれることから、次第に三月堂と呼ばれるようになった。
我が国ではじめて華厳経の講義がおこなわれた場所でもあり、宗教史上でも重要な場所。
法華堂の構造材の一部に、729年や731年に伐採されたヒノキが利用されていることが判明している。
また、中心仏である不空羂索観音立像が立つ二重基壇の下段には、何体かの塑像が立っていた痕跡が残されており、およそ1300年の歴史の中で堂内に安置される諸仏が移り変わっていたことを物語っており興味深い。
近年は、シロアリだけではなくアライグマによる被害に悩まされている。
法華堂写真集





正堂と礼堂をつなぐ2間
1910年以前の写真
※ Japanese Temples and their Treasures, Vol.1, 1910 (Shimbi Shoin)(保護期間満了)
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